ワインにまつわる今月のトピック㉚ 番外編 旧ソビエト連邦の共和国のワイン
ワインを産出する旧ソ連の共和国
ようやくコロナ規制が緩和され、さて、ワイン発祥の地グルジア、そしてモルドヴァ(モルダビア)、ウクライナあたりのワイン産地を訪ねてみたい…とワイン巡りの旅を検討していた矢先に、ロシアによるウクライナ侵攻が始まってしまった。ウクライナは、旧ソビエト連邦(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ウズベク、カザフ、グルジア、アゼルバイジャン、リトアニア、モルダビア、ラトビア、キルギス、タジク、アルメニア、トルクメン、エストニア)に属する共和国の中ではロシアに次ぐ重要国で、1991年に独立した。やがてソ連の解体に至ったわけだが、時の大統領はゴルバチョフだった。
飲まれ過ぎたワイン
実態を知るのはなかなか難しい旧ソビエト連邦(以下、ソ連)内部だが、当時の同地域内のワイン事情を覗いてみた。ソ連は、もともと大のウォッカ消費国だったが、その消費量の多さを懸念して、アルコール度の低いワインを健康に良い飲み物として1950年頃から奨励するようになった。当初、ブドウ栽培地は40万ヘクタールほどだったが、1985年には140万ヘクタールに増加した。これは、ブドウ栽培地規模としてはスペインに次ぐ世界第2位にあたる広さ。また、ワイン生産量にしても、フランス、イタリアに次いで世界第3位という量のワインを産出していた。それだけでなく、年間700万ヘクタール分のワインを、ソ連の国際経済協力機構(コメコンCOMECON)諸国であるブルガリア、ルーマニア、チェコスロバキア、ハンガリー、ポーランドから買い付けていた。しかし、今度は、ワインの消費量があまりにも増えすぎたとして、これを問題視したゴルバチョフが1980年の半ばに多くの醸造所を閉鎖し、3分の1のブドウ畑からブドウを伐根した。その結果、1990年代後期には、旧ソ連から分かれた共和国を総計しても、全世界のワイン生産量の3%を占めるにすぎなくなった。
大打撃を受けたワイン産業
ソ連解体後、旧ソ連内の共和国、およびコメコン諸国を含む東ヨーロッパのワイン品質は各段に向上した。現在、最大のワイン生産国はモルドヴァ。カベルネ・ソーヴィニョン種やメルロ種から良質のワインを産出している。これは、19世紀末に入植したフランス系移民の努力のたまものと言える。また、モルドヴァで、貴品種と呼ばれる上級のブドウ品種が栽培されているのは、ブルゴーニュと同緯度に位置すること、土壌が痩せていてブドウ栽培に向いていること、ブドウ栽培に最適な斜面が多いこと、黒海のおかげで温暖な気候に恵まれていることなどによる。 ウクライナは、旧ソ連でもロシアに次ぐ位置づけだった国で、農業大国であることも広く知られる。ワインに関しては、モルドヴァ同様、赤ワイン用のカベルネ・ソーヴィニョン種やメルロ種、そして白ワイン用のシャルドネ種やリースリング種が盛んに栽培されている。また、この国には、テルチ・クルークTelti Kurukと呼ばれる土着の白ブドウ品種があり、その白い花の香りと新鮮な酸味から将来性が見込まれている。とはいうものの、現在、発展途上にあるワイン生産者や、ブドウ栽培者の中には、戦火を逃れて国を離れている人もいることだろう。ロシアによる今回の侵攻は、ウクライナのワイン産業にも大打撃を与えたことは疑う余地がない。 ナポレオンやマダム・ボランジェのように、うれしい時でも悲しい時でもワインが飲める人々がいるが、実際、悲しい時にはワインは飲めないものだ。ウクライナのワインを楽しめる日が来るのは、いつのことになるのだろうか。その夢が叶うよう祈るばかりだ。
週刊ジャーニー No.1230(2022年3月10日)掲載