徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、英国人は雨が降っても傘をささないんですの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、いかがお過ごしでしょうか?

早速ではございますが、本日も英国と日本の習慣の違いについてご報告したく、筆をとりました。

英国といえば、「1日の中に四季がある」と表現されるほど、天気が変わりやすいことで有名です。とくに降雨率が高いため、「傘は必須」かと思いきや、実は雨が降っても傘をささない英国人が多いのです! 渡英当初、堂々と濡れながら歩いている人々を見て、大変驚くと同時に「ヘアスタイルやお化粧が崩れたりされないのかしら…」と不思議に思ったものでした。

エドワーズ夫人にこのことを話しますと、「面倒に思って傘をささない若者が多いようですが、私は賛成いたしません」と厳しい表情。「女性は身体を冷やしやすいのですから、真似をしてはいけませんよ」と釘を刺されました。一体なぜ、英国人は傘をささないのでしょうか? 天気予報が当てにならず、突然サーッと降ってすぐに止む「シャワー」と呼ばれる通り雨なども多いことから、常に傘を持ち歩くことが億劫になってしまう気持ちもわかるのですけれど…。気になりましたので、調べてみることにいたしました。

いくつか資料をあたりましたところ、英国人が傘を好まない理由のひとつに、歴史的な背景が影響していることがわかりました。

西洋には元来「傘」という概念がなく、雨をしのぐ道具といえば「フードつきの外套」だったそうです。傘の文化を英国に持ち込んだのは、17世紀にチャールズ2世のもとに嫁いだポルトガル王女キャサリン。彼女はお砂糖を入れてお茶を飲むという、現在の「紅茶文化」を英国に広めた女性でもあります。ただ、このときに伝えられた東洋を起源とする傘は、雨傘ではなく日傘でした。ポルトガルは日差しが強いので、女性にとって日傘は必需品だったのでしょう。日傘は英国の上流階級の女性たちのあいだで流行しましたが、雨具は依然として外套のままでした。

雨傘が登場するのは、18世紀に入ってからのこと。雨の日でもドレスを濡らさずに外出したい女性たちが、日傘を雨傘として使いはじめたのだとか。レースやリボンなどの装飾が取り除かれた、雨に強い素材を使った傘をさすようになりました。こうした流れから、当時の英国では「傘=女性のもの」というイメージが強くあり、18世紀後半になると傘を持つ男性も現れるようになったものの、そうした男性を「女々しい」と見下す傾向があったそうです。

さらに、英国よりもフランスの方が雨傘の普及が早かったとのことで、「折り畳み傘」が誕生したのもフランスです。「女々しい」上に「フランスかぶれ」と受け取られることを嫌がった頑なな英国紳士たちは外套を着続け、やがて防水布を用いた「レインコート」や「トレンチコート」が英国で生まれたと説明されていました。

傘をささないという行為は、歴史に裏づけされた非常に「英国人らしい」習慣であることを学びました…。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年9月2日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年11ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

週刊ジャーニー No.1000(2017年9月7日)掲載

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