■ 第209話 ■新過ぎ越し祭と海パッカリ

▶モーセは同胞イスラエル人労働者を鞭打つエジプト人の建設現場監督を殺害。遊牧民に紛れ込んで逃亡した。ある日シナイ山の麓に辿り着いた。そこでモーセは神の声を聞く。「私はそなたたちの神だ。エジプトから苦しみの声が聞こえる。そなたはエジプトに戻り苦しめられている同胞たちを救い出し、そのまま乳と蜜が流れるカナンの地（パレスチナ）を目指すがよい」。そして神はモーセに奇跡の起こし方の数々を伝授した。

▶モーセはエジプトに戻り、ファラオ（王）のいる宮廷へと向かった。そして「イスラエル人に休暇を与えて欲しい」「エジプトから自由に出国できるようにして欲しい」と交渉したがファラオは全て「だめ～」と却下。直談判は11回に及んだ。そこでモーセは神から教わった10の奇跡を起こしてみせた。「モーセの十災」と呼ばれる。川の水を血に変えて魚が死に絶え水が飲めなくなった。カエルやブヨ、アブやイナゴが異常発生した。疫病が発生し家畜が死に、膿を出す腫物が流行。突然雹（ひょう）が降り注ぎ、エジプトの空が丸三日間、暗闇に包まれた。そして10番目がいよいよ恐ろしい。神はモーセに「そなたたちは子羊を用意し、その血を玄関の鴨居（かもい）に塗り、子羊の肉は焼いて食べよ。種無しパン（無酵母で焼いたベーグル状のパン）を焼いて食べよ。残してはならぬ。私は夜エジプトに行き、人であれ家畜であれ全ての初子を殺す」と告げた。イスラエル人の初子を全て殺されたことへの復讐だ。ただし、と神は続けた。「鴨居に子羊の血が塗られた家は過ぎ越して行く」。エジプト全土で家畜も人も初子は皆死んだ。イスラエル人家庭はみな鴨居に子羊の血を塗っていたため難を逃れた。これが今でもユダヤ人の間で守られている「過ぎ越し祭（passover）」の始まりだ。この神、やられたら100倍返しする。

▶「モーセの背後には激ヤバな神がついている」。ファラオは恐れおののきチワワのように震えた。そして「家畜も財産も全部持ってエジプトからとっとと出ていけ」と叫んだ。こうしてモーセはイスラエル人を引き連れてエジプトを出発。これが紀元前1290年のこと。ヤコブたちがエジプトに移り住んでから430年の月日が経っていた。さて、冷静になったファラオ。「安い労働力がいなくなっちゃった。なんかイスラエル人、腹立つ。生かしておけば将来の厄災の元かも。やっぱ皆殺しにしよう」と心変わり。大軍を率いてモーセたちを追った。イスラエル人たちは葦の海に辿り着いた。振り返ると追って来るエジプト軍の戦車や騎馬が撒き上げる粉塵が見えた。皆絶望し「エジプトにいた方が良かったじゃん」「カナンなんか行きたかねぇ」と嘆いた。

▶モーセは「心配するな。神は我らと共にある」と鼓舞した。イスラエル人は神に選ばれし民族。世界を救済する使命を帯びたイスラエル人がこんな所で死ぬはずがない。モーセは両手を広げて高くあげ、目の前の海を睨みつけた。すると海がゴゴゴッと真っ二つに割れ海底に道が現われた。有名なシーンだ。イスラエル人たちは急ぎこの道を渡り、無事対岸に辿り着いた。モーセは最後の一人が陸に上がるのを見届け、再び天高く両手を広げた。すると海がゴウッと渦を巻いて元の海に戻り、追って来たエジプト兵全てを吞み込んだ。イスラエル人たちが無事エジプトを脱出したところで次号に続く。チャンネルはそのままだ。

参考：阿刀田高著「旧約聖書を知っていますか」他　

週刊ジャーニー No.1331（2024年2月29日）掲載