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■ 第146話 ■温暖化は予定通り、なの?

▶「中世の温暖期」と呼ばれるものがある。これはヨーロッパの中世にあたる10 世紀から14世紀にかけてのざっくりした500年位を指す。まだ寒暖計は発明されていないがこの時期、ヨーロッパは確実に温暖化していた。バイキングたちが盛んに船で移動し、北方で見つけた島に「アイスランド」と名付けたら誰も行きたがらなかったのを反省し、次に見つけた陸地を「グリーンランド」と名付けたとする逸話がある。最近ではバイキングが到達した頃、グリーンランドは本当に緑豊かな大地だったという説が有力になってきた。グリーンランドが実際に緑豊かだったとすると中世の温暖期とは現在よりも遥かに暖かかったことになる。この時期、まだ気象データを記録するほど文明が進んでいる国はほとんどなかったので、ヨーロッパ以外の地域の気温がどうだったのか資料は頼りない。しかし屋久杉の年輪の炭素等を調査した結果、日本でも同時期、気候が温暖だった可能性が高いことが分かって来た。

▶このように少なくともヨーロッパには500年に渡って今よりも温暖だった時期があった。興味深いのは中世の温暖期が落ち着いた14世紀半ばから19世紀半ばにかけての次の500年間、ヨーロッパは逆に「小氷期」と呼ばれる寒冷期に突入したことだ。チューダー朝のスーパースター「ヘンリー8世」の時代(在位1509~1547)、冬にテムズ河が何度も凍結した。当時、最速の交通手段は船。なのでグリニッジ宮殿もロンドン塔もウエストミンスター宮殿もハンプトンコートも全てテムズ河沿いに建てられた。テムズが凍ってしまうとこの便利な水路が使えず、ぬかるむ悪路を往来しなければならない。

テムズ川
1814年に凍結したテムズの風景ですが、何か?

▶この頃、イギリス(イングランド)の輸出品目筆頭は羊毛だ。クソ寒いヨーロッパではウールは必需品。貿易商らは毛織物を山ほど積み、嬉々としてインドを目指した。ところがクソ暑いインドで毛織物なんか売れやしない。ションボリの貿易商たち、逆にコットンに目を付けた。インド産の綿製品がヨーロッパに逆流した。イギリスは原材料の綿花をインドから大量に輸入し、加工した綿製品をインドに売りに行った。もっともっと売るために織機が発展し、蒸気機関と合体して産業革命に繋がっていった。機械織りによる大量生産化に成功したイギリスは安いコットン製品を世界中で売りまくった。その結果、インドの手織りコットン産業は壊滅した。それから約400年。かつてイギリスが散々搾取、蹂躙したインドにルーツを持つリシ・スナク首相が誕生した。100倍返し、しないよね?

▶10世紀から14世紀の500年が温暖化。そして14世紀半ばから19世紀半ばまでの500年が小氷期。仮に500年サイクルなるものが存在するとしたら現在は新たな500年温暖期サイクルへの移行期、またはド真ん中直前ってことになる。個人的にだけど温暖化とか寒冷化って人間なんぞの力が及ばない惑星の位置とか天体の引っ張り合いとか、気流やら潮流やら、様々な条件が生み出すサイクルが影響している気がしている。だとしたら今の温暖化対策って一体何だ? COP 27は温暖化の責任と補償をめぐり途上国と先進国が対立する場になりつつある。結局、また金の話なの?ボ タンを掛け違えたままの議論は返って危険な気がする。屋台で隣の客に絡みながら語るようなこと、しらふで呟いてやったところで次号に続くぜ。チャンネルはそのままだ。

週刊ジャーニー No.1265(2022年11月17日)掲載

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