gudaguda_title.jpg

■ 第138話 ■ラーメン、つけ麺、彼イケメン

▶第二回遣欧使節の代表を務めた外国奉行、池田長発(ながおき)=写真。備中伊原(岡山)の領主で昌平黌(しょうへいこう)という立派な学校で学んだ。抜群に優秀だったらしい。彼が外国奉行に抜擢された直後に横浜の井土ヶ谷でフランス軍士官が惨殺される事件が起こった。この事件の解決と謝罪、さらに横浜港閉鎖交渉のために長発ら34名がヨーロッパに送られたのが第二回遣欧使節。長発この時、27歳。彼を待ち受けたのは度重なる革命やナポレオン戦争を経て、あちこちで血を流し続けているヤベエ国フランス。戦争を知らない27歳の若者で大丈夫か?秀才だから大丈夫だろう。

▶全然大丈夫じゃなかった。一行はパリでナポレオン3世に謁見。井土ヶ谷事件を詫び、遺族に多額の扶助金を支払った。問題は横浜の鎖港談判だった。「攘夷活動が盛んになって危険なので横浜港を閉めたい」と申し出た長発に対しフランスは「無理。それより長州藩が下関海峡で我が国の艦船に砲撃したことに対する詫び入れろ。詫びって言ったって土下座じゃないよ。金だよ金。あと、横浜を含む3港の自由港化。ついでにそれ以外の港も開けちゃいなよ」と畳みかけた。「要求多過ぎ。日本人なめんなよ」と毅然と席を立って欲しかったが長発、フランスの要望をハイハイと受けちゃった。横浜鎖港交渉を断念したどころかフランスに「パリ約定」を締結させられた。パリ約定ってのは①長州藩によるフランス艦船砲撃に対する賠償金の支払い(幕府負担10万ドル。長州藩は4万ドル)。②フランス艦船の下関海峡自由航行の保証。③輸入品の関税率軽減もしくは一部撤廃と一方的にフランスに利する内容だった。27歳の若者が幕府に相談せず外国と結んで良い内容ではなかった。

池田長発
怒られちゃった秀才の長発ですが、何か?

▶長発はパリ到着以来、西洋文明の強大さを肌で感じ「スゲー」と興奮。興奮しただけならいいけど「攘夷なんかムリー」と変心し、たちまち開国論者になった。そしてパリ約定を交わすと次の訪問地イギリス行きをキャンセルしてサッサと帰国しちゃった。若い人は柔軟性があって「いいね!」って、そういう問題じゃない。賢いが故にすぐに世界情勢を理解し、開国に走ったのは分からなくもないが、興奮し過ぎのバタバタ感が半端ない。長発は帰国すると「ヨーロッパ、スゲーぜ。攘夷なんてムリ」とすぐに外国と和親するよう幕府に建議。横浜鎖港どころか、面倒な手土産いっぱい持って帰って来た上に「開国だ、開国だ」と大騒ぎ。幕府は「ミイラ取りがミイラになっちゃった」と激おこ。気持ちは分かるけど立場とミッション考えたら絶対にやっちゃダメ。サラリーマンなら片道切符の出向確定マターだ。

▶幕府は長発が持ち帰ったパリ約定の批准を拒絶。オラとも結べと迫る英米蘭相手に約定破棄を宣言するなど尻ぬぐいに大忙し。長発は罰として領地の半分を没収された上に蟄居を命じられてショボ~ン。明治になる前年に許されて軍艦奉行に取り立てられたが健康を害してすぐ辞職。故郷に戻り明治12年に死んだ。享年42。日本が鎖国している間、ずっと戦争に明け暮れていた暗黒の欧米列強。日本が送り込んできた無垢な秀才などチョチョイのチョイだったと分かり、悲しくなったところで次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1258(2022年9月22日)掲載

他のグダグダ雑記帳を読む