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■ 第96話 ■トランプが敬慕したヤベエ男

▼トランプ前大統領は2017年の就任直後、ホワイトハウスの執務室に、ある男の肖像画を飾ったと言われている。アンドリュー・ジャクソン。アメリカの第7代大統領だ。ジャクソンはわずか14歳で孤児となり、その後苦学して法律家となった。1806年、39歳の時、妻を侮辱した上にジャクソンを臆病者と罵倒した弁護士のチャールズ・ディキンソンという男に銃による決闘を申し込んだ。決闘当日、最初に火を噴いたのはディキンソンの銃だった。銃弾は確かにジャクソンの胸部に命中した。ところがジャクソンは倒れなかった。決闘のルールではジャクソンが撃ち返すまでディキンソンは一歩も動いてはならなかった。地獄のルールだ。「なっ、なんじゃこりゃあぁ~」と叫び、顔をひきつらせるディキンソン目掛け、ジャクソンは冷徹にひき金を引いた。ディキンソンは死んだ。胸部を撃たれたジャクソンだったが銃弾は奇跡的に心臓を外れていた。しかし心臓のすぐ横で弾が停止していたため摘出できず、ジャクソンは生涯その銃弾を胸に抱えたまま生きた。決闘は南北戦争後に正式に違法とされるが、ジャクソンが生きた時代、欧米の、特に上流階級や権力者たちの間でちょいちょい行われていた。大抵の理由は怨恨や名誉のためだった。ただし決闘用の銃はあえて性能の悪いものが選ばれたといい、死亡率は案外低かったという話もある。で、トランプはこの決闘話に感銘を受けてジャクソンの肖像画を執務室に飾ったの? んな訳ないな。

▼ナポレオン戦争中、フランスは大陸封鎖令を発布してイギリスの貿易を邪魔した。イギリスは仕返しに逆封鎖してアメリカとヨーロッパの貿易を妨害した。アメリカはヨーロッパ相手に綿やタバコを輸出できなくなった。さらにイギリスはインディアンと同盟、武器支援などしてアメリカの西部開拓を妨害していた。アメリカ人の対英感情は悪化の一途を辿った。そんなこんなで1812年、第二の独立戦争と言われる米英戦争が勃発した。イギリス軍は首都ワシントンを火の海とした。激怒したジャクソンはテネシー州軍を指揮し奮戦した。イギリスと同盟したクリーク族を大量に殺戮した。女子どもも皆殺しだ。その残虐ぶりにインディアンたちも震え上がった。ナポレオン戦争が終結したことで米英戦争の意義はなくなり停戦協定が結ばれた。ところが停戦の報がヨーロッパから届く前にジャクソンはニューオーリンズにいたイギリス軍に総攻撃を仕掛けて撃破。戦争終わってたのに米国民は憎っくきイギリスをフルボッコにしたったでぇと歓喜し、ジャクソンを英雄視した。

ジョージ4世で
トランプに慕われたジャクソンですが、何か?

▼戦勝と殺戮で名を挙げたジャクソンは政界に進出。1823年、大統領選に出馬した。農村出身のジャクソンは北東部大都市の成金支配階級を敵視する西部開拓民や奴隷制を支持する南部の大農場主らの支持を受け、大統領となった。白人男性の選挙権を採択するなど民主化を進める一方で、1830年には強制移住法を制定。南東部にいたインディアンから土地を奪い、オクラホマに移住させた。奪った土地には白人が雪崩れ込み大規模な綿花プランテーションが作られた。各地でインディアンが武装蜂起したがことごとく武力鎮圧し、インディアン居留地への強制移住を進めた。ジャクソンは黒人奴隷制度の積極的保護者でありインディアンを徹底弾圧した差別主義者だ。極道の大親分のようなアンドリュー・ジャクソン。そんじゃトランプはこんなジャクソンの一体何を敬慕したんだ?紙面が尽きたぜ。次号に続くぜ。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1216(2021年11月25日)掲載

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