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■ 第49話 ■なんで朝鮮出兵した?

▼秀吉が北条氏を滅ぼし、天下統一を成し遂げたのが1590年のこと。応仁の乱を機にグッチャグチャになった日本はとりあえず一旦まとまった。やれやれと思ったのも束の間、秀吉はわずか2年後に朝鮮出兵に乗り出す。1回目の文禄の役で16万、6年後の慶長の役では14万の兵が25万の朝鮮・明連合軍と激突した。天下分け目の戦いと言われる関ヶ原の合戦ですら東軍の兵力は7万、西軍は8万、両軍合わせて15万だったというから朝鮮出兵がいかに大規模な戦争だったかがわかる。

▼こんなに大勢の兵を隣国に差し向けてドンパチやったのに、朝鮮出兵の本当の大義が今でも確定されていないってのは一体どゆこと? ① 秀吉がもうろくしていたから。② 大名たちに与える土地が必要だったから。③ 大名たちの戦力を削ぎたかったから。④ 海禁政策をとっていた明と交易を再開したかったから。⑤ 明の南沿岸部を割譲させた上で交易を盛んにしたかったから、などなどまるで5択クイズみたいになっちゃって研究者の間でも議論が続いているらしい。当時の通信手段は手紙だったんだから「サルがこんなこと言ってますけど、お宅どないします?」「いやもう、戦争終わったばっかりですやん」「うちもう、金ないでぇ」みたいな大名同士のやり取りが残っていてもおかしくないと思うんだけど。5択でも十分多いのに、最近になってさらにまた有力な説が出回り始めている。鍵となるのはカトリックの宣教師たちだ。

▼中南米やマカオ、インド、フィリピンを武力で植民地化してきたスペインやポルトガル。当然日本の植民地化も狙っていたが、時は戦国時代。切れ味抜群の刀を腰に差したサムライが各地でドンパチを繰り広げていた。さらに自らがもたらした鉄砲をわずか数年のうちにコピーするどころか大量生産していた。この時代、世界にあった鉄砲の約半数が日本にあったと言われている。ビビったイエズス会士らは本国に「この国は武力での制圧は無理。布教活動を通じてジンワリ侵食していくやり方に切り替えまーす」と報告した。

秀吉
秀吉ですけど、何か?

▼日本の軍事力にビビると同時に彼らは考えた。「このいかついサムライ連中を送り込んだら明なんかイチコロなんじゃね?」。宣教師たちは秀吉にこの「明をシバいて甘い汁吸いませんか」計画を持ち掛けた。もちろん日本に明を討たせたあと、甘い汁をチューチュー吸うのはスペインやポルトガルというシナリオだ。彼らの野心を知った秀吉は驚き、この提案を一蹴する一方で考えた。逆に彼らが明に接近し、共謀して日本に攻め込んで来るんじゃね? 秀吉は恐怖で股間を濡らした。そこで先手を打って自ら明に攻め入ることを決めた。当時の日本の船では明に大量の兵士も兵糧も輸送できず、朝鮮半島経由となる。そこで朝鮮に使者を送り、先陣となって一緒に明と戦うか、それがだめならせめて半島の通過を許可するかを迫ったが朝鮮はいずれも拒絶。そのため秀吉は朝鮮への出兵を決めたとする説だ。朝鮮出兵の理由が明確にならないとどんどんそれっぽい説が出てきちゃう。でも、この当時のスペインの置かれた状況と横暴さを絡めて考えると妙に説得力のある仮説に思えちゃう。

▼朝鮮出兵は秀吉が死んだことで突然終わる。失うものが多かった朝鮮遠征は明らかに失敗だった。しかし同時に朝鮮から得た素晴らしいものもあった。もったいつけたまま年越しだ。みなさん良いお年を。来年はいい年になりますように。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1169(2020年12月24・31日)掲載

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