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■ 第29話 ■ 砂糖あるところに奴隷あり

▼米ミネソタ州で起きた白人警官による黒人男性殺害事件に端を発したBLM(黒人の命は大切)運動。そのムーブメントはたちまちイギリスにも飛び火。イングランド西部の港湾都市ブリストルでは市内に立つ銅像が民衆の手で倒され、ブリストル湾に投げ捨てられた。あの銅像のおじさん、一体誰?

▼エドワード・コルストン。17世紀から18世紀にかけて活動したブリストル出身の貿易商、国会議員、そして慈善家。なんだ、立派な人じゃないか。いけね、舌足らずな上に大事なこと言い忘れた。エドワード・コルストン。初めは英国産毛織物や鯨油を大陸に運んで売り、スペインやポルトガルからフルーツやワイン、シェリーなどを持って帰って来る比較的まっとうな貿易商だったが、やがて奴隷貿易に手を染める。アフリカ西海岸でタダ同然で手に入れた大量の黒人奴隷をカリブ海やブラジルにせっせと運んで高値で売却。その利益で買った砂糖やラム酒、タバコをドッサリ船に積んで帰国しさらに大儲け。これをグルグルと何度も繰り返すことで莫大な富を築いた。悪名高き大西洋三角貿易の片棒を担いだ悪党。イングランドで奴隷貿易の中心地となったのがブリストルとリバプールだった。産業革命前夜、ブリストルはヨークやノリッチと共にロンドンに次ぐ3大都市として隆盛を誇っていた。ブリストルの奴隷商人たちがアフリカから植民地に運んだ黒人奴隷は50万人と言われる。まさに「砂糖あるところに奴隷あり」だった。ひでー。

コルストンですが、なにか?

▼カリブ海の島々で砂糖のプランテーションを営む者たちは事業を人に任せて帰国する者も多かった。三角貿易の中心となったブリストルには砂糖で巨万の富を築いてジェントルマン階級の仲間入りを果たした人たちが大勢暮らすようになった。街の郊外に砂糖成金たちの大邸宅が乱立した。一方、植民地から帰国した砂糖プランテーションの経営者たちは新たな行動を開始した。彼らは他国から安価な砂糖が英国に流入することを阻止するため、国会に大量の人材を送り込んだ。国会議員となった彼らは他国の砂糖に高額な関税がかかるよう法律を作った。一時国会には40人前後の砂糖商出身議員がいて、思うように議会を操った。国会の先生たちに多額の賄賂を渡して色々お願いするよりも、議員として国会に入っちゃった方が遥かに効率的だった。コルストンもそのうちの一人だ。当時は名士だったが、実態は越後屋も大黒屋もお呼びじゃない悪党だった。

▼人間、死ぬ時は善人と呼ばれて死にたいものらしい。コルストンは晩年、奴隷貿易で築いた真っ黒な資産を慈善事業に注いで白に換え、黒い過去を洗浄する作業に熱中した。ブリストルやロンドンで学校や病院、教会や救貧院などを支援し多額の寄付をした。とくにブリストルはコルストンに感謝した。あちこちの建物や通りにコルストンの名がつけられた。コルストンはブリストルの恩人として崇められた。19世紀に入っても慈善家としての人気は衰えず、死後174年経った1895年、ブリストル市の中心にコルストンの銅像が建てられた。それが6月7日、テレビカメラの前で倒された挙句、海に放り込まれたあの銅像だ。

▼それにしてもコルストンらがせっせと運んだ大量の砂糖。一体何に使われていたの? 次号でそれをグダグダ掘り下げる。興味なくてもチャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1149(2020年8月6日)掲載

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