inuhiko_title.jpg

◆◆◆《第465回》◆◆◆
街角のバイオリン弾き

駅の近くを歩いていると美しい音楽が聞こえて来た。街角で白髪の男性がバイオリンを弾いている。年齢は七十歳前後というところか。通りかかった人が時折り彼の足許にある箱に硬貨を投げ入れて行く。箱の脇にはこの男性の演奏を収録したCDが数枚並べられていた。

イギリスではストリート・ミュージシャン(バスカーという言葉も使われる)は珍しくないが、彼の弾くバイオリンの音色には言葉に表し難い哀愁が感じられた。私は何となくその場を立ち去り難く、しばらく演奏に聴き入った。彼には妻と思しき女性が付き添っていて演奏の進行に合わせ、彼の前に置かれた楽譜をめくっている。楽譜をめくるタイミングが分かるのだから彼女も音楽の素養があるのだろう。

演奏が一段落した頃合いを見計らって私は二人に声をかけた。CDを買おうと思ったのである。

「素晴らしい演奏ですね。聞き惚れてしまいました。CDが欲しいのですが、売ってもらえますか」
「ええ、もちろんです」

CDは市販のディスクに録音し、手作りのジャケットを添えただけのシンプルなものだった。価格は八ポンドである。私はCDを買い、しばらく二人と立ち話をした。もっとも男性の方は寡黙であまりしゃべらない。話をしたのはもっぱら夫人の方である。CDのジャケットに印刷された演奏者名の「Jacek Radek」の読み方を聞いたら「ヤツェク・ラデクです。ポーランドの名前です。私たちはポーランド人です」と教えてくれた。ヤツェクは英語のジャックにあたる名前らしい。

ポーランドがEUに加盟し、域内の自由な往来を認めるシェンゲン同盟にも参加したので、それを利用してラデク夫妻はイギリスへ来た。今から八年前のことである。夫のヤツェクはワルシャワの音楽学校を卒業し、大きなオーケストラの首席バイオリニストを務めたこともある。しかしポーランドの経済状況が不安定で生活は苦しく、思い切ってロンドンへ移り住んだ。国際都市であるロンドンには世界各国からさまざまな芸術家が集まっており、そういう環境に身を置いて自分の音楽を磨き直したい気持ちもあったらしい。

しかしロンドンへ来ても暮らしは楽ではなかった。ヤツェクはバイオリンの個人教授や音楽教室の講師をしたり、ホームパーティーや地域のイベントの余興で演奏をしたりして生活費を稼いで来た。そして時々街角に立ち、演奏を披露している。長くやっているので彼の演奏を聞きに来てくれる顔なじみもおり、励みになっているという。

「私たちはロンドンという街が好きなんです。多種多様な文化があり、何よりも自由がある。保守的なものと革新的なものが共存していてとても刺激的です」
ラデク夫人はそう語った。

そんな二人が今、心配しているのはイギリスのEU離脱の影響である。

これまで合法的に認められて来た彼らの居住権は将来どうなるのか。ポーランドに帰らなければならないのか。イギリスのEUとの交渉に気を揉んでいるという。

「EUの国々にも大勢のイギリス人が住んでいるのだから、離脱前の住民には互いに居住権を認めるべきと思います。そうなることを私たちは期待しています」とラデク夫人は言った。

ポーランド人はイギリスに住んでいるEU加盟国の市民の中で最も大きな割合を占めている。その人口は八十五万人に達し、第二位のアイルランド(三十八万 五千人)を大きく引き離している。それだけに移民に反感を持つ人々の標的になりやすい。国民投票で離脱が決まった直後、この国に住むポーランド人はさまざまな嫌がらせを受けた。住居に「すぐこの国から出て行け」と書かれたカードを投げ込まれた人もいれば、路上で差別的な言葉を浴びせられた人もいる。ラデク夫妻も何度か不愉快な思いをしたらしい。

「しかしひどい行為をするのは一部の人たちだけです。イギリス人の友人は以前と同じ態度で接してくれるし、困った時は助けてくれます。イギリス人は親切ですよ」
ラデク夫人はそう言って微笑んだ。

私は今、彼らから買ったCDを聞きながらこの原稿を書いている。曲は有名なヨハン・パッヘルベルの「カノン」だ。荘重で美しい曲だがヤツェクが弾くとどことなく哀愁が漂う。母国を離れて同じイギリスに住む一人として私はラデク夫妻が末長くこの地で暮らせることを祈ってやまない。

くろだいぬひこ
在英二十余年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。