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【台湾編 38皿目】牛肉飯と焼飯(中)

 
石田ゆうすけ
旅行作家。
7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

 

台湾最南端の岬を過ぎると人気が完全に消え、山が深くなった。中米のジャングルにどこか似ている。

さらに日が暮れて真っ暗になり、心細くなってきたところへ、野犬の遠吠えらしき声が聞こえ、ビクッとした。こんな夜の山道で野犬に囲まれたら……。冷や汗がじわっと滲み出る。必死でこぐのだが、坂が延々と続き、まったくスピードが出ない。気持ちばかり焦る。台湾ツーリングがまさかこんなアドベンチャラスな旅になるとは思わなかった。

なんとか峠の頂上に着き、助かった、と安堵したが、それも束の間、本当の恐怖はそこからだった。下りになって速度はいやますのだが、1.5車線ほどの細い山道は街灯もなく真の闇で、そのくせヘアピンカーブが連続するのである。しかも最悪なことに、ライトの電池がかなり消耗しており、光が弱々しくなって今にも消えそうなのだ。5メートルほど先はもう完全な闇である。その闇から突然カーブが現れ、全身が凍りつく。それが何度も繰り返される。

途中で国道と合流して少しホッとしたが、途端に大型トラックが増え、ゴオオオッとすごい音を鳴らしながら僕のすぐわきを走り抜けていった。ハンドルをにぎる手がねっとり汗ばんでいる。トラックに跳ね飛ばされるイメージが何度も頭に浮かんだ。

ひどく情けない気分だった。外国の深い山の中で真っ暗になって、こんな怖い思いをして、俺はいったい何をやっとるんや……。

1台のバンがうしろからやってきて、僕の背後でスピードを落とし、徐行をはじめた。国道になってからも依然として細い山道だ。僕を抜くタイミングを測っているのだろう。そう思ったのだが、いっこうに前に出ようとしない。後続車がどんどんたまっていく。それでもバンは僕の背後にぴったりついたままだ。そしてヘッドライトで僕の行く手を明るく照らしてくれているのである。

バンはいつまでも僕のうしろを走り続けた。僕をトラックから守り、僕のために前方の闇を照らしてくれているのは明らかだった。

なぜここまでしてくれるんだろう。僕は震えるような気持ちで、ときどき振り返っては、頭を下げた。ヘッドライトの強烈な光のせいで、運転手の様子は見えなかったが、「いいからいいから」と手を振っているように思えた。僕は再び前を向き、顔を上げた。折り重なる木々のシルエットの向こうに、無数の星が見え、ふいに目の奥が熱くなった。

山道が終わって森を抜け、集落が見えてきたところで、バンは僕を追い抜き、前方でとまった。頭のはげたおじさんがニコニコ笑いながらおりてきた。僕は自転車をとめ、頭を深く下げて、「謝謝」と言った。するとおじさんは目を大きく開け、「アナタ、ニホンジンデスカ?」と片言の日本語で猛烈に話し始めた。彼は自分のことをワタクシと呼んだ。

「ワタクシのオトウサン、ニホンゴのセンセイデシタ。ダカラ、ワタクシもスコシ、ハナセマス。ワタクシのミセ、スグソコデス。ヨッテイキマセンカ?」

 

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僕のうしろを走り続け、トラックから守ってくれた食堂のおじさん

 

その店は国道沿いの食堂だった。おじさんは「ごちそうするよ」といった顔で、缶ジュースと中華まんを2個渡してきた。疲労と空腹で頭がぼんやりし、目の前に出された中華まんが、なぜかつきたての大きな餅に見えた。それにかぶりつくと、ニラと炒り卵が、チョココロネのチョコクリームのようににゅるどばあっ、とあふれ、口の中が急に華やかになった。《つづく》

トロカツ
 
 

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