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2017年3月9日

◆◆◆◆ 《第444回》被災地の今 ◆◆◆◆

 

東日本大震災から早くも六年の歳月が流れようとしている。あの日、私は衛星テレビの画面で黒い濁流に破壊されていく町を見つめながら、地震のない国に住む海外逃亡者のような後ろめたさを感じていた。
取材のために日本を訪れた外国の記者たちは一様に被災者の秩序ある行動を称賛し、「日本人は戦後の荒廃からいち早く立ち直った優秀な民族だ。今度も短期間に復興して世界を驚かせるだろう」と書いた。
官民一体となった努力によって確かに被災地の鉄道や道路などの社会インフラは復旧した。地域の経済も力を取り戻し、東北三県の製造業の製品出荷率はすでに震災前の水準に戻っている。復興事業の需要が大きいので建設業は多忙を極め、同じ理由で造船業の受注も好調のようだ。
東北経済の柱である水産業は港湾の整備が進み、水揚げ量も回復した。しかし、水産加工業は人手を確保出来ず、苦戦を強いられている。加工業者が集中する宮城県石巻市では津波に流された工場を建て直したものの必要な従業員が集まらず、資本を投下した加工ラインを動かせない工場もあると聞く。
私は商社マンだった頃、冷凍魚の買い付けでよく東北の沿岸部に出張したので現地の事情がある程度分かる。加工場の主な戦力は四十代から五十代の女性である。正社員もいればパートの社員もいる。彼女らの熟練した技術が魚の加工には欠かせない。ところが水産加工場はたいてい漁港の近くにある。震災前はそれでよかったが、震災後は多くの人が内陸部に住居を移した。その結果、加工場と住宅地が離れてしまい、業者が求人広告を出しても容易に人が集まらなくなった。
ただ、求人が思うようにいかない理由はそれだけではない。今も地元を離れて避難生活を送っている人がおり、町全体の人口が震災前の水準まで回復していないのだ。復興庁の資料によれば今年一月中旬の時点で避難者数はなお十二万六千
九百四十三人もいる。宮城県の地方紙、河北新報は先週、「被災した三県の避難者は現在三万
三千七百四十八世帯で、今も仮設住宅で暮らしている人の数は七万千百十三人」と報じた。  

 

 

被災した東北三県の中で最も避難者が多いのはいうまでもなく東電第一原発がある福島県である。政府と東電は放射能の除染を進め、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の避難指示の解除を行なって来た。しかし、住民の帰還の動きは鈍い。福島県で最も解除が早かった田村市都路地区東部の帰還率は例外的に七割を超えているが、それ以外の地区はどこも一割から二割という低さである。田村市の帰還率が高いのは帰還指示が二〇一四年四月と比較的早かったせいである。つまり被災から三年くらい経った時点ならば住民も「避難先からもともと住んでいた場所に戻ろう」という気持ちになれたのだ。
ところが五年も六年も経過すると、被災した人たちは避難先で仕事を見つけたり学校に通ったりして地域に根をおろす。そうなるのは生活者として当然の成り行きである。大人も子供も避難先の社会で人間関係を作り、それなりに社会に溶け込む。そうなると除染が終わったからといって、今持っている仕事や通っている学校をあっさり投げ出し、故郷へ帰ることは出来ない。
それに加えて帰還先の環境の問題がある。帰還して暮らすにはスーパーマーケット、コンビニ、銀行、ガソリンスタンド、病院、学校、郵便局からレストラン、居酒屋など大小さまざまな機関や商店が必要だが、住民の何割が帰還するか分からない地域にそれらのものが全て揃う保証はない。そうなると、たとえ除染が完全に行なわれたとしても帰還には慎重にならざるを得ない。六年という長い月日が帰還を困難にしてしまったのだ。
政府と東電は福島県の「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」についても三月末をもって避難指示を解除する方針だ。地元で説明会が行なわれているが、「原発の燃料処理や土地の汚染」を心配する住民と「解除されたらすぐに帰る」と言う住民に分かれ、実際にどの程度帰還するのか予測出来ない。
福島の住民は自然災害と原発事故の両方に襲われた二重の被害者である。政府と東電の都合を彼らに押し付けてはならない。無理に帰還させれば必ず禍根が残るだろう。私たちは六年経っても被災地に解決出来ない問題があるということを認識しなければならない。東北の復興に関心を持ち続けることは将来の日本を考える上でも重要である。

在英二十余年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。

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