徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

2016年7月14日

何ゆえ、クラシック音楽の祭典は「プロムズ」と呼ばれますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

英国では、ウィンブルドン選手権とユーロ2016が終わり、今夏の大きなスポーツ・イベントは残すところゴルフの全英オープンのみとなりました。ですが、このスポーツ・イベントの終了と入れ替わるように幕を開けるのが、クラシック音楽の祭典「プロムズ(Proms)」です。

プロムズは世界有数のオーケストラや著名な音楽家たちが集結し、7月中旬から9月中旬までの約2ヵ月にわたって演奏を繰り広げる、英国を代表する音楽祭です。最終夜(ラスト・ナイト)は、大変盛り上がることでも有名なのだとか。今年はエドワーズご夫妻と一緒に初めてプロムズに行く予定ですので、とても楽しみにしている次第です。

それにしましても今年、プロムズの開催は122回目を迎えるそうなのですが、一体どのような経緯でこの音楽祭が開かれることになったのでしょう? いつもの好奇心から調べてみることにいたしました。

いくつか資料をあたりましたところ、最初にプロムズが開催されたのは1895年8月とのこと。プロムズとは「プロムナード・コンサート」を略したもので、演奏が始まっても観客が座席を離れて自由に歩き回っていた(promenading)ことに由来しているそうです。

1893年にランガム・プレイスに建てられたコンサート劇場「クイーンズ・ホール」のマネージャーであったロバート・ニューマンと、指揮者のヘンリー・ウッドが発案。「普段はクラシック音楽を聴かない人も足を運びやすいよう、堅苦しい雰囲気やしきたりを取り払った、誰でも楽しめる安価なコンサートを開きたい」と、プロムズの開催を企画したそうです。当初は歩き回るのはもちろん、座席での飲食や喫煙なども許されていたのだとか! 厳しい階級制度に縛られていたヴィクトリア朝時代において、身分の垣根を越えた音楽祭の実施は、たいそう革新的だったことでしょう。

これ以降、毎年夏にクイーンズ・ホールでプロムズは開かれていましたが、第二次世界大戦時に何度か中止の憂き目に遭っています。1939年は開催中に開戦が宣言されたため3週間で中止、翌年も空襲の激化によって9月上旬で打ち切りとなりました。1941年5月にはクイーンズ・ホールが空爆で破壊され、現在会場となっているロイヤル・アルバート・ホールに場所を移して開催。ところが、やはり空爆でロイヤル・アルバート・ホールのガラスが割れ、会期半ばで中止となったようです。それでも、「どんな状況でもプロムズを開催し、音楽を人々へ届ける!」という意気込みが伝わり、胸が熱くなってしまいました…。

ちなみに、発案者の一人であるヘンリー・ウッドは、1895年に行われた第1回のプロムズ以降、1944年に75歳で亡くなるまで、約50年にわたってプロムズで指揮者を務めました。その功績を讃え、プロムズの期間中は彼の胸像がステージに飾られているとのことです。

興味深い歴史を知り、プロムズがさらに待ち遠しくなりました。久々のクラシック・コンサートを存分に楽しみたいと思います。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成28年7月11日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年10ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。