2008年5月号  バックナンバーへ>>
筆者 デンゾー・タカノ
豪州、米国などでの勤務を経て、今は「現地の会社」で 管理職として働く壮年サラリーマン。もちろん日本人。 趣味は散歩、DIY、ゴルフ(修行中)。
傍目三目:正しくは「傍目八目 (おかめはちもく)」。 他人の囲碁を傍で見ていると、実際に対局している時よりずっとよく手が読めるということ。転じて、局外にあって見ていると、物事の是非、利・非利が明らかにわかること(以上「広辞苑」より)をいう。ここでは、八つも先の目とはいわず、三つ先くらい、の意味で「三目」とした。

 前回(四月十日号)に続き、またまた倉庫係のハリーのハナシになり恐縮だが、おつきあい願いたい。社内で内職をしていたのを見つけたので解雇したらその後、半年間にわたり、裁判沙汰でもめた元経理部長のボブとならんで、ハリーは、小生を散々苦しめた双璧なので、忘れられない英国人の一人である。ふたりとも英国の労働法と労働慣習を最大限に悪用、いや、利用して会社から賠償金や慰謝料をふんだくろうとした輩である。
 しかし、小生が戸惑うのは、ハリーが外見からも、会社内の評判や日常の勤務ぶりなど、どこから見ても、ごく普通の英国人で、会社付きの弁護士をして「さすが元労組委員!」と賛嘆せしめたような「つわもの」をイメージさせるところが少しもなかった点である。
 もともとハリーは、東洋人に対して人種偏見の傾向が強く、日英ハーフの社員だったマイク・サイトウとトラブルを起こした(前回の記事参照)こともあったが、それ以外は、普段、落ち度のない勤務ぶりだった。
 これは、チャンスさえあればどうしても露見してくる、人間の二面性を表わしているのか。それとも、謀略と陰謀の限りをつくした策略を、実力(軍事力)と紳士ズラ(外交)で隠しながら臆面もなく実行に移し、着々と海外植民地を拡大していった十九世紀の英国の男たちの伝統をひいているのか――などと解釈しようと試みたが、単純思考で裏も表もない小生のような日本人が、逆立ちしても勝てない英国人男性のその悪賢しこさ、いや失礼、奥深さには、敵ながら天晴れというしかない。
 日本の本社のリストラの動きに遅れること四、五年、ついにロンドン郊外の弊社も今世紀に入った頃から二〜三年かけて全社のリストラを決行。結果的に十三人の英国人を解雇したが、各自の解雇の際、まず、このハリーが解雇予定社員を伴って小生のオフィスを訪れ、労使交渉に入るのが、このリストラ騒動のルーティンのようになった。
 ハリーの目論見は、第一に、会社に解雇を撤回させ、従業員の雇用の安定をはかること。第二に、会社と従業員側とが「リストラ労使協議会」なるものを設立し、従業員に精神的、かつ金銭的に負担のないやりかたでリストラを相談しあうこと。最後に、それらが望み薄なら、退職金を通常の倍、つまり最低六ヵ月は出せというものだった。なぜ六ヵ月か、その根拠を尋ねると、日本の会社は英国人従業員に対しては「Respect(尊敬、つまり特別額)」を払うべきだという、何やら人種差別的観点からの要求だったが、小生としては、それらのいずれも受け入れることは不可能だった。
 第一に現地会社はリストラを断行しなければならなかった。リストラなしでは、会社が生き残れないことが確実だったし、格好よくひびく「リストラ労使協議会」なるものも、非現実的このうえない。それは、まともなセンスのある人間ならすぐ分かる。さらに第三の目論見として挙げられた、人種偏見くさい六ヵ月分の退職金なんぞ論外である。
 小生の答えは、全てノー。これに対してハリーが打ってきた次の手は、弁護士を雇い、ハリーと解雇予定者の三人がチームとなって会社側を攻撃するというものだった。十二人すべてについてそれをやったのだから、いかにハリーの元労組委員としてのプライドと執念が強かったか、いかに小生の髪の毛が白くなったか(実は、ほとんどハゲだが)ご想像がつくというものだろう。会社の経営なんて悪い時に当たるとホント、死ぬほどの思いをするものなのだ。
 十三人目として、定年オーバーを理由におそるおそるハリーを解雇した。いつ小生を労働裁判所に訴えるかと固唾をのんで見守っていたが、三ヵ月たっても何も起きなかった。拍子抜けしていたら、報告があった。突然、ハリーが心臓麻痺で亡くなったとのこと。彼は当時六十七歳だったが、ムリをしなければ、八十、九十歳ぐらいまで生きられるくらい健康に見えていたのに。
 二年間にわたってあれだけ会社側に楯突いた彼の異常な情熱は、一体何が理由だったのか? 生きがいか、人生の終わり近くになって本来の天職(労組委員)を心ゆくまで楽しむためか、あるいはジャップ(小生)になんぞ舐められてたまるかという英国人男性の意地か!? 今となっては知る由もない。