ブリン家の手を離れたのち、持ち主は変わっていったが、その姿はほぼ変わらないまま約500年が過ぎた。しかし20世紀初頭にドイツ系アメリカ人のアスター卿に買い取られてから、ヒーバー城は15世紀以来の大変身を遂げる。
城そのものの修復・改築に加え、巨費をつぎ込み、城の周辺を大々的に整備したことが彼の功績として大きい。歴史的建造物を保護したい学者と、20世紀のモダンなスタイルとエンターテインメント性を盛り込みたかったアスターの意向が絶妙に折り合いをつけた結果、ヒーバー城は単なる退屈な中世の城ではなく、小学生から若いカップル、老夫婦まで、あらゆる人々を惹きつける人気の観光スポットになっている。


今日見られるヒーバー城とそれを取り巻く庭園、人工池などを整えたアスター卿=肖像画。その曾祖父はドイツからアメリカに渡った貧しい移民だった。しかしアメリカ原住民から買い付けた毛皮を巨大船でヨーロッパや極東地域へ輸出し、ヨーロッパ・極東からは紅茶やその他の加工品をアメリカへ輸入するという交易で大成功を収め、瞬く間にアメリカで一、二を争う大富豪となった人物だ。彼の死後もアスター家はその絶大な財力を活かし、不動産業やメディア、ホテル業など多くの事業で成長を遂げた。
曾祖父の莫大な財産を相続したアスターは、アメリカ大使としてイタリアに滞在した際にヨーロッパの魅力に取りつかれ、1890年に「アメリカは、もはや紳士の住める場所ではない」と発言し、本国で大ひんしゅくを買ってしまう。その後、彼はアメリカを捨てて英国に移住・帰化。彼が渡英した際に持参した資産は現在の相場で1000億円以上であったとされ、当時アメリカ経済は、彼を失ったことで少なからぬ影響を受けたといわれている。


© Hever Castle


英国の歴史的建造物を対象に、美しい庭に贈られる「ガーデン・オブ・ザ・イヤー」を獲得したこともある庭園は、ガーデニングに興味のない人も必見。特にロンドンのような都会から来ると、開放的で視界を遮るものがない空間と、騒音と無縁な環境が、とても新鮮に感じられる。なかでもイタリアン・ガーデンは、英国ではない欧州のどこかにいるような錯覚を大いに楽しめる場所。随所に置かれた石像の数々は、アスターが米大使としてイタリアに赴任していた際に収集した、ルネサンス期のものを中心とした作品群。なかには2000年前に作られたものもある。


© Hever Castle
生垣でできた80平方メートルの巨大迷路=写真右=も、100年前にアスターによって作られた。当時、型にはまったまじめくさい様式に飽きた富裕層の間で、遊び心をプラスした庭園が流行。そのひとつとして人気だったのが迷路を設置するというものだった。迷路の入り口付近には、ヘンリー8世とアン・ブリンそれぞれのイニシャル「H」と「A」をかたどった生垣も見られる。また、城の手前には、鳥や机、王冠や栓抜きなどの形に生垣を刈り込んだ装飾庭園(トピアリー)=写真右下=があり、茶目っ気満点。


© Hever Castle
城の裏手に本物そっくりに作られたテューダー式の集落。テューダー様式ということ以外は、ひとつひとつがまったく違う構造でサイズも形もまちまちで、このばらついた感じが功を奏して本物の村のように見せている。また、小ぶりのヒーバー城を引き立てる役目も果たし、全体としてテーマパークのようなかわいらしさを演出。とても親しみやすい雰囲気を醸し出している。
元々はアスターの親戚や賓客を迎えるゲストハウスとして作られた。残念ながらヒーバー城観光の一環として見学することはできないが、予約すれば結婚式などの各種イベントに利用することができる。

テューダー村 The Tudor Village
Tel: 01732-861743 www.tudorvillage.co.uk


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by Hever Castle

イタリアン・ガーデンを抜けると現れる35エーカーに及ぶ湖は、100年前に機械を使わず1500人もの工夫の力で掘られた人工湖。湖端に設けられた半円型ステージからは、湖面に数多くの渡り鳥が羽根を休めているのが見られ、遠く対岸には柳やブナ、桜、ポプラなど、目に優しい緑が生い茂る。春夏には貸しボートも利用できるので、湖面からの風景も堪能できる。